2才からのボコちゃんの成長日記etc..
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歩いた!
2012年03月14日 (水) | 編集 |
9ヶ月になったブンちゃん。

ちょっと前から手離しをするようにはなっていましたが、

とうとう、1、2歩、いや3歩?

歩くようになりました!!


びっくり。
驚き。

早いっ!

10ヶ月には歩いているかも~。

スタスタ~
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3.11
2012年03月10日 (土) | 編集 |
IMG_8331.jpg

昨年の3月11日。

以前の記事にも書いたことがありますが、

地震がおこる直前は何をしていたかと言うと、

ボコちゃんとプリクラを撮っていました。↑


あの日、幼稚園はたまたま午前保育で、昼食を食べていなかったので、
ショッピングセンターの中の回転寿司に食べに行こうと車で
向かったのでした。

ショッピングセンターに着いたら、「ご飯より先にプリクラがしたい」と
言うので仕方なくゲームセンターの中にあるプリクラで撮影していました。


撮影が終わって、ゲームセンターを出るためにエレベーターに乗り、
降りて2Fのフロアを歩き回転寿司屋さんに向かい歩いていたら・・・


あの地震にあいました。



吹き抜けのフロアは、ごっつい揺れました。


私の頭の中で、

「ここにこのままいたら、下に崩れるかも。ヤバイ。」

でした。


上からの落下物、左右から看板か何かが倒れてこないか、
とてもつもない恐怖でした。



あの揺れは何秒くらいあったのか、何分?のレベルでしたっけ?


お腹にはまだ生まれていなかったブンちゃんがいて、
横にはボコちゃんがいる。

この子達は絶対守る。

そういう本能が頭や行動と体中に、何かシグナルを送り続けているようでした。


子供を守ろうとする時の親は案外冷静になっているもので、

周囲がキャーっと言っている中、私は神経が張り詰めていました。


逃げ道、どこへ向かうか、落下物、落ちた場合は死んでしまうか?

頭の中がグルグルしているなか、ボコちゃんにコートの帽子を被らせ、
それでもまだ心配だったので私のコートの中に入れ抱き寄せて、揺れが
収まるのを待ちました。

揺れている間は、とても歩ける状態ではなく、周囲の人達も皆床に座り
込む感じの体勢になっていました。



この記事を書いていたら、今でもあの揺れを思い出すことができます。


あの恐怖。忘れません。


東北の方達は、もっと恐かったでしょうね。。



東日本大震災から明日で1年を迎えようとしているので、
TVでは地震の特集番組が多く、それを見ていていたら、
想定外の津波の大きさで亡くなった方達が多いと言うこと。


災害が起きた時、遭遇した時、どう動くかによって生死を
分ける。

なんかサバイバルだなぁ感じました。
普通に生きていたら忘れがちな、危機感・サバイバル精神は
とても重要なことだと思います。


私達がその頃住んでいた東京でも地震直後には、物や水、
保存食がスーパーからすぐ消え去りました。

あの時は、被災者のことを考えもっと自粛してくださいとか
色々言われていましたが、みな生きるために必死だったのかと。


我が家は、同時期に夫の転職と言う決断すべき大きな出来事が訪れて
いました。
でも、転職うんぬんよりまずは夫が色々なことを考え、子供とお腹の
赤ちゃんのために私と娘を震災後6日目に私の実家(大阪)へ帰省させました。

危機意識は人それぞれで、原発に関してはどう判断するかは
個人間で違います。


でも原発が爆発していたこと、度重なる余震、そして社会が不安定に
なっていたことを考慮して夫がとってくれた素早い行動は、今思うと
そうさせてくれたことに感謝しています。

放射能が漏れ続けていることの現実。
直ちには害が無い、でも害のある人もいるかもしれない。
その時は害がなくても、自分達の子孫には何かしら影響があるかも
しれない。
ないことを祈るのではなく、もしそうなってしまったら?

先のことを予測して動くことはとても勇気のいる決断で、動けない
人も多いかと思います。
しかし、すぐ動いている人もいます。


今回1年を迎え、改めて思うのは、震災後、どう動くかもサバイバル
だと思います。まだ終わっていませんからね。。


地震の映像を見るたびに、色々と考えさせられます。

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